竹内まりや『駅』本人の実話?中森明菜提供から生まれた真相を追う
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音楽ファンの間でしばしば議論となるのが、「『駅』の原曲は中森明菜と竹内まりやのどちらなのか」という疑問です。発売日や年代の記録を辿ると、この名曲が歩んだ興味深い軌跡が浮き彫りになります。
楽曲が最初に世に出たのは、1986年12月24日発売の中森明菜のスタジオ・アルバム『CRIMSON』でした。当時、中森明菜のスタッフから「女性作家陣による落ち着いた大人の女性の日常」をテーマとしたアルバム制作の依頼を受け、竹内まりやは『駅』と『OH NO, OH YES!』の2曲を書き下ろして提供しました。したがって、レコードとして最初に世へ送り出された「原曲」の歌唱者は中森明菜です。
その後、翌1987年8月12日に竹内まりやがシングル『AFTER YEARS / 駅』として両A面でセルフカバーを発表。同年8月12日発売の通算7枚目のオリジナル・アルバム『REQUEST』に収録されると、作品は累計100万枚を超えるミリオンセラーを樹立しました。作家本人が歌ったセルフカバー版が国民的ヒットとなったことで、「竹内まりやが原曲」と認識するリスナーが多数生まれる契機となったのです。