カスバの女歌詞に秘めた意味とモデルの真相!名曲が心を揺さぶる理由
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ネット上の言説において散見される誤解のひとつが、「作詞家の大高ひさを氏は現地アルジェリアのカスバを取材してこの詞を書いた」という言説です。しかし、昭和30年代初頭の日本は未だ海外渡航の自由化(1964年)以前であり、一般の音楽家が北アフリカへ赴くことなど事実上不可能に近い時代でした。大高氏自身も後年の対談等で認めている通り、歌詞のディテールはすべて書籍、映画、写真集、そして自身の奔放なイマジネーションから紡ぎ出されたものです。
さらに興味深い歴史的盲点があります。『カスバの女』がリリースされた1955年は、現実の歴史においてはアルジェリア戦争(1954年〜1962年)が勃発した直後という極めて緊迫した時期でした。フランスの植民地支配からの独立を目指す民族解放戦線(FLN)とフランス軍による熾烈な戦闘の舞台となり、カスバ地区はまさにゲリラ戦の最前線(のちに映画『アルジェの戦い』で描かれた市街戦)へと変貌していたのです。
現実のカスバが血みどろの独立戦争の渦中にあった一方で、昭和30年の日本で作られた『カスバの女』には、戦前の映画『望郷』が遺したノスタルジックでロマンティックなフランス領アルジェの残影が閉じ込められていました。この「歴史的現実との乖離」こそが、かえってこの楽曲を特定の現実政治から切り離し、永遠に色褪せない普遍的な寓話へと昇華させた最大の要因といえます。