小和田一族の家系図と驚愕のルーツ|雅子さまの実家と噂の真相を追う
小和田一族の家系図と驚愕のルーツ|雅子さまの実家と噂の真相を追うの見逃せないポイントを徹底的にカバーしました。
小和田家を語る上で、1993年のご婚約内定直前まで最大の障壁とされたのが、雅子さまの母・優美子さんの実父である江頭豊(えがしら・ゆたか)氏の存在でした。日本興業銀行(現・みずほ銀行)専務だった江頭氏は、産業復興の旗手として1964年にチッソ株式会社の経営再建のため社長に就任しました。
チッソは、水俣病という未曾有の公害を引き起こした当事者企業です。江頭氏が社長に就任した時期は、すでに有機水銀の工場廃水排出は停止されていたものの、水俣病患者や遺族に対する補償問題や責任追及の嵐が吹き荒れていた時代でした。江頭氏は企業の代表者として矢面に立ち、患者側との激しい対立や交渉の最前線に身を置くことになります。
皇太子妃候補として雅子さまのお名前が浮上した際、宮内庁内でも「公害企業の元トップを祖父に持つ女性を皇室に迎えてよいのか」という慎重論が根強く存在しました。当時の宮内庁長官や政府関係者は綿密な調査を実施。江頭氏個人が水俣病の直接的な発生責任者ではなく、経営破綻寸前の企業再建と補償金支払いの枠組みを作るために派遣された銀行出身者であった事実、そして江頭氏自身が患者補償協定の締結に尽力した経緯を法理的・道義的に精査しました。最終的には「個人の人格と能力、そして本人の資質を第一に考えるべき」という当時の天皇皇后両陛下(現・上皇上皇后両陛下)の強いご意志もあり、ご婚約への道が開かれたという経緯があります。