大鵬の出身地は樺太か弟子屈か?ウクライナ人の父と激動の生い立ち
大鵬の出身地は樺太か弟子屈か?ウクライナ人の父と激動の生い立ちとは一体何なのか? 専門的な分析を簡潔に解説します。
Q1:大鵬の公式出身地が「北海道弟子屈町」になっているのはなぜですか?
A1:大鵬が生まれたのは旧樺太敷香町ですが、終戦後の引き揚げによって移り住み、少年時代を過ごした土地が北海道弟子屈町川湯でした。大相撲入門時に自身を育ててくれた弟子屈町を公式出身地として相撲協会に届け出たため、現在も公式記録は弟子屈町となっています。
Q2:父親のマルキャン・ボリシコ氏はその後どうなったのですか?
A2:終戦直後にソ連軍によって連行された後、サハリンの強制収容所に入れられ、家族と二度と会うことはできませんでした。後にソ連本土に移住し、1957年に60歳で亡くなったとされています。大鵬自身は後年、ルーツを探るためウクライナを訪問し、父の故郷との交流を行いました。
Q3:大鵬の国籍や本名はどのようなものでしたか?
A3:本名は「納谷幸喜(なや こうき)」です。出生時は父親がウクライナ(白系ロシア)出身でしたが、母親が日本人であったため日本国籍を取得していました。幼少期にはロシア名「イヴァーン」も持っていましたが、引き揚げ後は母の姓である納谷を名乗り、日本国民として生涯を歩みました。