上杉昇がWandsを去った真因とは|絶頂期の電撃脱退と現在地
上杉昇がWandsを去った真因とは|絶頂期の電撃脱退と現在地の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。
WANDSを脱退した上杉昇は、同じくバンドを離脱したギタリスト・柴崎浩とともに1997年、新ユニット「al.ni.co(アルニコ)」を結成しました。1998年にリリースされたシングル「TOY$!」は、グランジのダイナミズムと研ぎ澄まされたノイズが炸裂する、当時の日本のメジャーシーンでは異例のオルタナティヴ・ロックでした。
翌1999年に発表された唯一のフルアルバム『セイレン』は、セールス面こそWANDS時代の数字には及ばなかったものの、音楽評論家や先鋭的なロックファンの間で今なおカルト的名盤として語り継がれています。しかし、互いの音楽的追求の純度が高すぎるあまり、ユニットはわずか3年足らずで活動休止に至りました。
その後、上杉はオルタナティヴ・ロックバンド「猫騙(ねこだまし)」の結成や、精力的なソロ名義での活動へとシフトします。インディペンデントな制作環境を選び、自らのレーベル「pojjo record」を立ち上げた彼は、メジャーレーベルの制約に縛られることなく、ブルース、民族音楽、ヘヴィロックを飲み込んだ深淵な音世界を構築していきました。
上杉昇 現在のビジュアルは、90年代の短髪やサラサラヘアの好青年スタイルから大きく変貌を遂げています。長髪のドレッドヘアやネイティブアメリカンを彷彿とさせる装束、顔に施されたペイント、恰幅の良くなった体躯など、一見すると当時の面影に戸惑うライトファンも少なくありません。しかしその変貌は、商業的な見栄えを脱ぎ捨て、魂の叫びを体現する一人のシンガーとして深化を遂げた必然のプロセスです。