軍事暗号から200年!点字の歴史とルイ・ブライユの奇跡を徹底解説
軍事暗号から200年!点字の歴史とルイ・ブライユの奇跡を徹底解説の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。
フランスで誕生した点字が海を渡り、日本へ導入されたのは明治時代のことでした。1887年(明治20年)、東京盲唖学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)の教頭だった小西信八が、イギリス留学帰りの知人からブライユ点字の存在を知り、同校教員であった石川倉次(いしかわ くらじ)に「これを日本語に適した形に翻案できないか」と研究を託したのがすべての始まりです。
石川の挑戦は苦難の連続でした。アルファベット26文字と異なり、日本語には「あ・い・う・え・お」の五十音をはじめ、濁音、半濁音、拗音(きゃ、きゅ、きょ等)が存在します。当初はローマ字綴りをそのままアルファベット点字に当てはめる案や、文字の画数を点で模倣する案など様々な試行錯誤が行われましたが、どれも触読のスピードや書きやすさの面で実用に耐えうるものではありませんでした。
石川が辿り着いた画期的なアイデアは、「母音と子音の組み合わせを6点の中で直交させる」という独自ロジックでした。具体的には、6点のうち上部・左側の3つの点を「母音(アイウエオ)」の配置に割り当て、下部・右側の3つの点を「子音(カサタナハマヤラワ行)」の配置に割り当てるという法則性を生み出したのです。この構造により、1文字の点字を見るだけで「どの子音」と「どの母音」が合体しているかが瞬時に判別できるようになりました。
さらに石川は、生徒たちに実際に読ませて触読スピードや誤読率の検証を重ね、3年以上の歳月をかけて改良を完了。1890年(明治23年)11月1日、東京盲唖学校で開催された教育検討会議において、石川倉次が考案した翻案案が正式に「日本点字」として採用されました。この歴史的な決定を記念し、現在日本では毎年11月1日が「点字の日」に制定されています。