ジョンヒョンの遺書全文と和訳|親友ナインに託した最期の叫びと真相

ジョンヒョンの遺書全文と和訳|親友ナインに託した最期の叫びと真相の全体像を詳しく解説してご紹介します。

ジョンヒョンが旅立った翌日、2017年12月19日にナインのInstagramを通じて公開された手紙は、彼がどれほど深い闇の中で孤独に耐えていたかを物語っています。言葉のひとつひとつが重く、胸を締め付けるその全文を、韓国語原文と日本語対訳で対照掲載します。

【韓国語原文】

난 속에서부터 고장났다.
천천히 날 갉아먹던 우울은 결국 날 집어삼켰고 난 그걸 이길 수 없었다.
나는 날 미워했다. 끊기는 기억을 붙잡고 아무리 정신차리라고 소리쳐봐도 답은 없었다.
막히는 숨을 틔워주지 못할 바엔 멈추는 게 낫다.
날 책임질 수 있는 건 누구냐고 물었다. 너뿐이다.
난 온전히 혼자였다.
끝낸다는 말은 쉽다. 끝내기는 어렵다.
그 어려움 속에서 지금까지 살았다.
도망치고 싶었던 거라고 했다. 맞아. 난 도망치고 싶었어.
나에게서. 너에게서.
거기 누구냐고 물었다. 나라고 했다. 또 나라고 했다. 그리고 또 나라고 했다.
왜 자꾸만 기억을 잃냐고 했다. 성격 탓이란다. 그렇군요. 결국엔 다 내 탓이군요.
눈치채주길 바랐지만 아무도 몰랐다. 날 만난 적 없으니 내가 있는 줄도 모르는 게 당연하지.
왜 사느냐고 물었다. 그냥. 그냥. 다들 그냥 산단다.
왜 죽느냐고 물으면 지쳤다고 하겠다.
괴로워하고 고민했다. 지겨운 통증들을 환희로 바꾸는 법은 배운 적도 없었다.
통증은 통증일 뿐이다.
그러지 말라고 날 다그쳤다.
왜요? 난 왜 내 마음대로 끝도 못 맺게 해요?
왜 아픈지를 찾으라고 했다.
너무 잘 알고 있다. 난 나 때문에 아프다. 전부 다 내 탓이고 내가 못나서다.
선생님 이 말이 듣고 싶었나요?
아뇨. 난 잘못한 게 없어요.
조용한 목소리로 내 성격을 탓할 때 의사 참 쉽다 생각했다.
왜 이렇게까지 아픈지 신기한 노릇이다. 나보다 힘든 사람들도 잘만 살던데. 나보다 약한 사람들도 잘만 살던데.
아닌가 보다. 살아있는 사람 중에 나보다 힘든 사람은 없고 나보다 약한 사람은 없다.
그래도 살라고 했다.
왜 그래야 하는지 수백 번 물어봐도 날 위해서가 아니다. 널 위해서다.
날 위하고 싶었다. 제발 모르는 소리 좀 하지 마요.
왜 힘든지를 찾으라니. 몇 번이나 얘기해 줬잖아. 왜 내가 힘든지. 그걸로는 이만큼 힘들면 안 되는 거야? 더 구체적인 드라마가 있어야 하는 거야? 좀 더 사연이 있어야 하는 거야?
이미 이야기했잖아. 혹시 흘려들은 건 아니야? 이겨낼 수 있는 건 흉터로 남지 않아.
세상과 부딪히는 건 내 몫이 아니었던 것 같다.
세상에 알려지는 건 내 삶이 아니었던 것 같다.
다 그래서 힘든 거더라. 부딪혀서, 알려져서 힘들더라. 왜 그걸 택했을까. 웃긴 일이지.
지금까지 버티고 있었던 게 용한 거지.
무슨 말을 더해. 그냥 수고했다고 해줘.
이만하면 잘했다고. 고생했다고 해줘.
웃지는 못하더라도 탓하며 보내진 말아줘.
수고했어.
정말 고생했어.
안녕.

【日本語訳全文】

僕は内側から壊れてしまった。
ゆっくりと僕を蝕んでいた憂鬱は、結局僕を完全に飲み込み、僕はそれに打ち勝つことができなかった。
僕は自分を憎んだ。途切れる記憶を必死に繋ぎ止め、どれほど「しっかりしろ」と叫んでみても答えは出なかった。
息が詰まるのを解き放ってあげられないのなら、いっそ止めてしまうほうがいい。
自分に責任を持てるのは誰なのかと問うた。君だけだ。
僕は完全に一人だった。
「終わらせる」と言うのは簡単だ。けれど本当に終わらせることは難しい。
その難しさの中で、僕は今まで生き続けてきた。
逃げ出したかったのだろうと言われた。その通りだ。僕は逃げ出したかった。
自分自身から。そして君から。
「そこにいるのは誰だ」と尋ねた。自分だと言った。また自分だと言った。そして何度でも自分だと言った。
「なぜ何度も記憶を失うのか」と聞かれた。性格のせいだと言われた。そうなんですね。結局はすべて僕のせいなんですね。
誰かに気づいてほしかったけれど、誰も気づかなかった。僕に会ったこともないのだから、僕が存在していることすら知らないのは当然だ。
「なぜ生きるのか」と尋ねた。ただ、ただ、みんな何となく生きているのだと言う。
「なぜ死ぬのか」と問われれば、疲れ果てたからだと答えよう。
苦しみ、悩み抜いた。うんざりするような痛みを歓喜へと変える方法なんて、一度も教わったことがなかった。
痛みは、どこまでいっても痛みに過ぎない。
そんなことをするなと、僕を責め立てた。
なぜですか? 僕はなぜ、自分の思い通りに幕を下ろすことすら許されないのですか?
なぜ苦しいのか、その理由を探しなさいと言われた。
そんなことは痛いほど分かっている。僕は僕のせいで苦しいのだ。すべては僕のせいであり、僕が不甲斐ないからだ。
先生、この言葉が聞きたかったのですか?
いいえ。僕は何も間違ったことなどしていません。
静かな声で僕の性格のせいにしてきたとき、医者とはずいぶん気楽なものだと思った。
なぜここまで痛むのか不思議でならない。僕より辛い境遇の人たちも普通に生きているのに。僕より弱い人たちだって当たり前に生きているのに。
どうやら違うらしい。生きている人間の中で、僕より辛い人はおらず、僕より弱い人などいないのだ。
それでも「生きろ」と言われた。
なぜそうしなければならないのか何百回問い直しても、それは僕のためではなく、あなたのエゴのためだ。
僕は僕自身を救いたかった。頼むから、知りもしないのに適当なことを言わないでほしい。
なぜ苦しいのかを探せだなんて。何度も話したじゃないか。どうして僕が苦しんでいるのかを。それだけの理由では、これほど苦しんではいけないのか? もっと具体的なドラマが必要だと言うのか? もっと劇的な理由がなければならないのか?
すでに話したはずだ。聞き流していたんじゃないのか? 乗り越えられる苦しみは、傷跡になって残ったりはしない。
世間とぶつかり合うことは、僕の役目ではなかったのだと思う。
世の中に広く知られる人生は、僕が歩むべき生き方ではなかったのだと思う。
すべてはだから苦しかったのだ。世間と衝突し、世に知られたからこそ苦しかった。なぜそれを選んでしまったのだろう。滑稽なことだ。
今日まで持ちこたえてきただけでも、よく耐えたと思ってほしい。
これ以上、何を言えばいいだろう。ただ「お疲れさま」と言ってほしい。
「ここまでよくやったね」「本当によく頑張った」と言ってほしい。
笑顔で見送ることはできなくても、僕を責めながら見送るのだけはやめてほしい。
お疲れさま。
本当に苦労したね。
さようなら。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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