赤線・青線とは何か?知られざる歴史と消えた色街の真相を徹底解説

赤線・青線とは何か?知られざる歴史と消えた色街の真相を徹底解説について知っておくべき 理由を分かりやすく解説いたします。

赤線と青線を分けた基準は、端的に言えば「警察による公認(黙認)と衛生管理の枠内にあったか否か」に尽きます。戦前の日本には「公娼制度」が存在し、吉原をはじめとする遊郭が国の管理下で公然と営業を行っていました。しかし、1945年の敗戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が発した公娼廃止指令(1946年1月21日 SCAPIN-642)により、建前上、国家や自治体が管理する売春システムは全面的に禁止されました。

そこで生じたのが、生活の糧を失った業者と女性たち、そして進駐軍兵士や日本人男性向けの性風俗需要です。治安の悪化と性病の蔓延を恐れた警視庁および内務省(のちの警察庁)は、旧遊郭や一部の私娼街を「特殊飲食店街(通称:特飲街)」として再編しました。これが赤線です。業態としては「酒類や料理を提供するカフェーやバー」という名目を装い、客と従業員の合意による自由恋愛という法的な詭弁(きべん)を用いることで、警察署の保安台帳にある地図上でそのエリアを「赤鉛筆」で囲み、営業を事実上黙認しました。

一方の青線とは、そうした警察の特飲街指定区域の外側で、もっぱら無許可の飲食店、スタンドバー、あるいは連れ込み宿の体裁をとって違法に客を取っていた私娼街を指します。警察の地図上では取り締まり・摘発の対象区域として「青鉛筆」でマーキングされたことからこの呼び名が定着しました。青線の経営者は、警察の踏み込み捜査や抜き打ちの衛生検査の恐怖に怯えながら、裏社会の庇護(ひご)やみかじめ料の支払いに依存する極めて不安定な営業を強いられていました。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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