徳川家康は何歳まで生きた?享年75歳の長寿と死因の真相に迫る

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大坂の陣によって豊臣宗家を滅亡させ、名実ともに乱世に終止符を打った翌年、元和2年4月17日巳の刻(午前10時頃)、家康は居城であった駿府城(現在の静岡市葵区)において73歳4ヶ月の生涯を閉じました。

死期を悟った家康は、取り乱すことなく幕府の将来を見据えた指示を次々と下しました。神道・仏教の儀礼に基づき「遺骸は久能山に納め、一周忌を経て日光山へ移すこと」を命じ、自らを神格化して関東の守護神となるロードマップを完成させたのです。

後世に伝わる家康の遺訓(最後の言葉とされる訓戒)の真髄は、以下の思想に集約されています。

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし」

自らの老いと死を冷静に受け入れ、2代将軍秀忠をはじめとする重臣たちに対し、「天下は天下の人の天下なり」と説いて私利私欲による政を戒めました。死の直前まで理性を失わず、自らの死後も体制が揺らがないよう完璧な権力移行を完了させて旅立った姿は、まさに戦国最後の大往生と呼ぶにふさわしいものでした。

前田 葵

前田 葵

サステナビリティ研究家

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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