中大兄皇子は何をした人?なぜ即位を拒んだ?乙巳の変の真相を徹底解説
中大兄皇子は何をした人?なぜ即位を拒んだ?乙巳の変の真相を徹底解説について見逃せない 理由を分かりやすく解説いたします。
乙巳の変を語る上で欠かせない存在が、後に藤原氏の祖となる中臣鎌足(なかとみのかまたり)です。神事を司る中臣氏の出身だった鎌足は、蘇我氏の専横を激しく憎み、クーデターを共謀できる皇族を探していました。
二人の出会いとして名高いのが「飛鳥寺の蹴鞠(けまり)の会」のエピソードです。中大兄皇子が鞠を蹴った際、脱げて飛んでしまった履物(くつ)を鎌足が拾って丁重に差し出し、これをきっかけに二人は急速に接近しました。
彼らは当時、唐から帰国した学者・南淵請安(みなみぶちのしょうあん)の私塾へ通う道中で密談を重ね、最新の中国式律令制度を学びながら国家改革の計画を練り上げました。
中大兄皇子を行動派のリーダーとするなら、鎌足は知謀に長けた参謀・プロデューサー役でした。鎌足は蘇我氏一族の内部分裂を画策して蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだいしかわまろ)を味方に引き入れるなど、極めて周到な根回しを担当。この二人の強固な信頼関係こそが、クーデターを成功へ導く最大のエンジンとなったのです。