千代の富士貢の伝説と真実|筋肉の秘密・53連勝から家族の現在まで
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1989年(平成元年)9月、通算965勝を達成して当時の最多記録を更新した千代の富士に対し、政府は相撲界初となる国民栄誉賞を授与しました。内閣総理大臣(当時)が示した授与理由は「相撲界における前人未到の記録を打ち立て、国民に深い感動と勇気を与えた」という点にあります。体格のハンディキャップを鋼の意志と鍛錬で覆した生き様は、高度経済成長からバブル期へと向かう日本社会の活力そのものを象徴していました。
しかし、栄光の頂点を極めた大横綱にも確実に黄昏の時は訪れます。1991年(平成3年)5月場所初日、当時18歳で新進気鋭のホープだった貴花田(のちの第65代横綱・貴乃花)との歴史的一戦で寄り切りで敗戦。3日目の貴闘力戦でも敗れた千代の富士は、その日の夜に現役引退を決断しました。
引退記者会見で語られた「体力の限界…! 気力もなくなり、引退することになりました」という絞り出すような告白は、日本中の涙を誘い、昭和・平成のスポーツ史に残る屈指の名言となりました。極限まで己を追い込み、妥協を一切許さなかったプロフェッショナルが、自らの肉体の衰えを潔く認めて土俵を去る姿は、引き際の美学として今なお語り継がれています。