元大関若島津の現在と倒れた真相|高田みづえが支えた奇跡と家族の絆
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相撲界において「二所ノ関」の名跡は、出羽海と並ぶ伝統と格式を誇る一大系統の総本山です。この重い看板が、第72代横綱・稀勢の里(当時・荒磯親方)へ引き継がれたプロセスには、角界の未来を見据えた深い思惑と信頼関係がありました。
2021年12月、日本相撲協会は二所ノ関親方(元大関若島津)と荒磯親方(元横綱稀勢の里)の名跡交換を正式承認しました。これにより、稀勢の里が「第13代二所ノ関」を襲名して二所ノ関部屋を継承し、元若島津は「荒磯親方」となって定年までの数週間を過ごす形をとりました。
この名跡継承がスムーズに行われた背景には、以下の3つの決定的な理由があります。
- 次世代の指導者としての器量:稀勢の里は国民的人気を集めた和製横綱であり、早稲田大学大学院でスポーツマネジメントを修めるなど、近代的な部屋運営に意欲を燃やしていたこと。
- 元若島津の健康状態と定年:2022年1月に65歳の定年を迎えるにあたり、大病を患った自身の体力面を考慮し、部屋付きの弟子たちの将来を最も信頼できる若き実力者に託す決断をしたこと。
- 一門の結束強化:名門・二所ノ関の看板を、知名度・実績ともに申し分ない横綱経験者に委ねることで、二所ノ関一門全体の求心力を高めるという相撲協会幹部の合意が形成されていたこと。
元若島津は定年を迎えた際、相撲協会に残る「参与」としての再雇用制度を利用せず、すっきりと角界を退きました。弟子たちを路頭に迷わせることなく、最良の形で稀勢の里へバトンを渡した潔い幕引きは、大関時代の相撲っぷり同様、堂々たるものでした。