箸墓古墳は誰の墓?卑弥呼か百襲姫か最新科学と発掘で迫る真相
箸墓古墳は誰の墓?卑弥呼か百襲姫か最新科学と発掘で迫る真相について知っておくべき 事実を分かりやすい構成で解説いたします。
Q1:箸墓古墳のすぐ近くまで行って見学することはできますか?
A1:はい、一般の参拝所(拝所)までは自由に行くことができます。墳丘の南東側に宮内庁が設置した大市墓の拝所があり、美しい周濠越しに巨大な後円部を間近に拝観することが可能です。周辺には散策路や説明板も整備されていますが、墳丘内への立ち入りは固く禁じられています。
Q2:邪馬台国九州説の研究者は箸墓古墳をどのように説明していますか?
A2:九州説の立場からは、炭素14年代測定の較正曲線(キャリブレーション)に誤差があるとして箸墓古墳の築造年代を4世紀初頭(300年以降)まで繰り下げる見解や、纒向遺跡は一大勢力ではあっても魏志倭人伝の「邪馬台国」そのものではなく、卑弥呼の死後にヤマトが台頭したとする解釈が提示されています。
Q3:箸墓古墳の内部にはどのような埋葬施設(石室)があると考えられていますか?
A3:同時代の出現期古墳(纒向勝山古墳やホケノ山古墳など)の構造から推測すると、墳頂部には巨大な木棺を粘土で覆った「粘土槨(ねんどかく)」、あるいは初期の「竪穴式石室」が存在する可能性が極めて高いとみられています。棺内には三角縁神獣鏡や特殊器台、水銀朱などが納められていると予想されています。
Q4:箸墓古墳の大きさと他の有名古墳(仁徳天皇陵など)との違いは何ですか?
A4:世界最大級の墳墓である大仙陵古墳(仁徳天皇陵、全長486m)は5世紀中葉の古墳時代中期のものであり、箸墓古墳(全長280m)より約200年後に造られました。箸墓古墳は、それまで各地でバラバラだった墳墓の形を「前方後円墳」という統一規格へと飛躍させた最初の巨大モニュメントである点に最大の歴史的価値があります。