今川焼きの呼び名論争!全国で異なる理由と意外な地域分布を徹底解明
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歴史を遡ると、最も古い歴史を持つ名称は「今川焼き」である。江戸時代中期、安永年間の江戸・神田今川橋の近くにあった店が、丸型の金属型で生地と餡を焼き上げて売り出したのが始まりとされている。当時、手軽に食べられるファストフードとして大盛況を極めたこの甘味は、橋の名前に因んで「今川焼き」と名付けられた。江戸の町人文化が生んだ革新的な和菓子は、一気に江戸市中へと広がっていったのである。
明治から大正にかけて、この製法は全国へと普及していった。しかし当時は現代のようにテレビやインターネットによる全国的な情報網がなかったため、地方に伝わる過程で各地の商人や職人が独自の名前を付けて売り出す現象が起きる。元祖である「今川焼き」の名は主に東日本を中心に残されたが、西へ向かうにつれて新たな呼称が次々と生み出される土壌が整っていったのだった。