徳冨蘆花の真相|名作『不如帰』と兄弟絶縁の衝撃的な生涯を徹底解説

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蘆花の生涯における最大の転機となったのが、1906年(明治39年)のトルストイ訪問です。精神的な危機に瀕していた蘆花は、エルサレム巡礼の帰路、ロシアのヤースナヤ・ポリャーナにあった文豪レフ・トルストイの邸宅を突如訪ねました。

当時77歳だったトルストイは、極東からやってきた無名の日本人作家を温かく迎え入れ、屋敷に数日間滞在させました。二人は農業や労働の尊さ、非暴力主義、魂の救済について語り合い、トルストイ自身が貴族の身分を捨てて農民と共に汗を流す姿に、蘆花は雷鳴に打たれるような衝撃を受けます。

帰国後、蘆花は都会での文士生活を完全に捨て去る決断を下します。1907年、東京郊外の未開の地であった千歳村粕谷(現在の東京都世田谷区粕谷)に約8,000坪の土地を買い求め、自らクワを握って畑を耕す半農生活を始めました。この地を「恒春園(こうしゅんえん)」と名付け、農民としての生活体験から『みみずのたはごと』や自伝的小説『黒い眼と茶色の眼』などの重厚な作品群を紡ぎ出していったのです。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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