山深き要塞に雅な京文化!多気北畠氏城館の歴史と名勝庭園の真実

山深き要塞に雅な京文化!多気北畠氏城館の歴史と名勝庭園の真実にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

北畠神社の社殿脇を抜けると広がる「北畠氏館跡庭園」。越前の一乗谷朝倉氏庭園や安芸の吉川元春館跡庭園と並び、日本三大武将庭園の一つに数えられるこの庭園は、国の名勝および史跡に指定されています。

現地を訪れた旅行者や庭園愛好家のレビューでは、「山奥の神社にこれほど荒々しくも緻密な名庭が隠されているとは思いもしなかった」「紅葉のピーク時に訪れると、池の水面に映る赤と緑のコントラストで息を呑む」といった感嘆の声が絶えません。作庭には諸説あるものの、伊勢国分郡記などによると、細野城主・細野藤敦(ふじあつ)の手によるものと伝えられ、室町時代後期の典型的な池泉鑑賞式の手法が色濃く残されています。

庭園奥に配された石組は、神仙思想に基づく蓬莱石や鶴亀島を模しており、武家の剛毅さと公家の風雅が見事な調和を見せています。平時にはここで和歌や連歌の会が催され、武将たちが戦乱の日常を忘れ、風流に浸った空間でした。水流のせせらぎと鳥の鳴き声だけが響く静寂の中で石組みを眺めると、五百年前の武将たちが抱いた無常観が胸に迫ってきます。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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