協栄ジム歴代会長の栄光と失墜|金平親子の真相と名門復活の現在地
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協栄ジムの礎を築いたのは、日本プロボクシング史にその名を刻む伝説のプロモーター、初代会長・金平正紀氏です。1959年に東京・目白で設立された金平ボクシングジムを前身とし、後に「協栄」へと改称。徹底した合理主義と巧みなマッチメイク力を武器に、またたく間に名門への階段を駆け上がりました。
その黄金期の象徴となったのが、世界王座を13度防衛した不世出の王者・具志堅用高です。さらに渡嘉敷勝男、鬼塚勝也、勇利アルバチャコフら、時代を彩るスター選手を次々とリングに送り出しました。金平正紀会長は、旧ソ連からアマチュアエリートを招聘してプロデビューさせるなど、従来の日本のボクシング界にはない国際的なビジネスモデルを次々に開拓したパイオニアでもあります。
しかし、その強烈な勝負への執着は時に苛烈な批判を浴びました。1980年代初頭のタイトルマッチで取り沙汰された疑惑(いわゆる薬物混入疑惑・スキャンダル)など、勝利のために手段を選ばない姿勢は常にメディアの注目と論争の的でした。強烈なカリスマ性でジムを統率した正紀氏でしたが、1999年に病のため急逝。名門の舵取りは長男の桂一郎氏へと託されることになります。