ムッソリーニとヒトラーの真相|師弟逆転と破滅へ向かった二重奏
ムッソリーニとヒトラーの真相|師弟逆転と破滅へ向かった二重奏の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。
Q1:ムッソリーニとヒトラーはどっちが先に独裁者になったのですか?
A1:ムッソリーニが先です。ムッソリーニは1922年10月の「ローマ進軍」によって39歳で政権を掌握し、1925年には独裁体制を確立しました。ヒトラーがドイツ首相に就任したのは11年後の1933年1月です。初期のヒトラーはムッソリーニを熱烈な「師」として崇拝し、手法を徹底的に模倣していました。
Q2:二人は個人的に親友と呼べる仲だったのですか?
A2:公式には「鋼鉄の結束」をアピールしていましたが、私的な友情というよりは複雑な愛憎関係でした。ムッソリーニはヒトラーの粗野さや人種理論を冷笑し、ヒトラーはイタリア軍の度重なる軍事的失態に激しい苛立ちを募らせていました。しかしヒトラー個人は最期までムッソリーニに対する奇妙な忠誠心と情誼を抱き続けていたとされ、グランサッソ救出作戦を強行した背景にもその個人的執着がありました。
Q3:ムッソリーニの処刑はヒトラーの最期にどう影響しましたか?
A3:直接的かつ決定的な影響を与えました。1945年4月28日にムッソリーニが銃殺され、遺体がミラノの広場で逆さ吊りにされて見世物にされたニュースは、翌日ベルリンの地下壕に届きました。敵の手による死後陵辱を極度に恐れたヒトラーは、即座に自決の手順を確認し、「遺体は完全に焼き尽くせ」と側近に厳命して4月30日に自決しました。