新御三家アイドルが築いた昭和の伝説|ライバル関係と人気の真相
今注目を集めている 新御三家アイドルが築いた昭和の伝説|ライバル関係と人気の真相について、多角的な視点をご紹介しています。
ネット上の言説では時に、「70年代男性アイドルは事務所のお膳立てで歌わされていた偶像に過ぎない」といった短絡的な見解が散見されます。しかし、一次資料と当時の関係者証言を精査すると、この見方は決定的に誤っていることが分かります。
野口五郎のギター歌唱力:職人たちを唸らせた本物のミュージシャンシップ
野口五郎の芸名は、北アルプスの名峰「野口五郎岳」のように雄々しくたくましい歌手になるようにと名付けられたものですが、その音楽的才能はアイドルの枠を完全に超越していました。実兄である作曲家・佐藤寛氏とともに数々の名曲を世に送り出した野口は、スタジオミュージシャンとしても一流の腕前を誇りました。海外の一流プレイヤー(サンタナやデヴィッド・サンボーンら)とのセッションを重ね、自らギターソロをレコーディングする姿は、まさにプロフェッショナルの音楽家そのものでした。
西城秀樹が開拓した野外スタジアムとペンライト文化
日本で初めてペンライトを使った応援スタイルを生み出し、ウッドストックに影響を受けて後楽園球場での単独野外コンサートを成功させたのは西城秀樹です。炎やクレーンを使った巨大な舞台演出、ヘビーメタルやハードロックの要素を歌謡曲に持ち込んだ実験精神は、後のJ-POPや現代のスタジアムライブの基礎を築きました。
徹底的なボイストレーニングで声帯を作り直した郷ひろみ
郷ひろみもまた、初期の甘い鼻声から脱却すべく、20代半ばで単身渡米。世界的なボイストレーナーに師事して発声法を一から鍛え直しました。「アイドルという看板に甘えていては歌い続けられない」という冷徹な自己認識のもと、肉体改造とボーカル強化に生涯を捧げる道を選んだのです。