トルコはヨーロッパかアジアか?97%がアジアでも欧州扱いの真相

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トルコがヨーロッパにこだわり、かつ複雑な距離感を抱く根本的な理由は、その建国の歴史にあります。かつて3大陸(アジア・ヨーロッパ・アフリカ)にまたがる大帝国を築いたオスマン帝国の歴史において、バルカン半島を含む東欧地域は帝国の心臓部の一部でした。つまり、トルコにとってヨーロッパは「外側の世界」ではなく、数百年間にわたり自らの一部として統治してきた領域でした。

第一次世界大戦の敗戦によって帝国が崩壊した後、「トルコ共和国の父」と呼ばれるムスタファ・ケマル・アタテュルクは、徹底した西欧化・近代化改革を断行しました。イスラム法(シャリア)を廃止してスイス民法を導入し、アラビア文字を廃止してラテンアルファベットを採用。女性の参政権を西欧諸国よりも早く認め、国家の「世俗化(政教分離)」を国是と定めました。アタテュルクにとって、国家が生き残る唯一の道は「アジアの旧体制を脱ぎ捨て、ヨーロッパ文明の標準に仲間入りすること」だったのです。

さらに第二次世界大戦後の1952年、トルコは隣接するソ連の脅威に対抗するため、NATO(北大西洋条約機構)への加盟を果たします。ボスポラス海峡という黒海から地中海へのチョークポイントを押さえるトルコは、西側陣営にとって喉から手が出るほど重要な軍事拠点でした。冷戦期を通じて西欧の防衛ライン最前線を担い続けたという強固な自負が、現代のトルコ国民や指導層に「我々はヨーロッパの安全保障を支えてきた当事者である」という意識を深く植え付けています。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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