黒田家の家紋「藤巴」と「黒餅」の真相|官兵衛の死線と半兵衛の絆
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Q1:黒田藤巴と、元の主家である小寺家の藤巴紋はどう違うのですか?
A1:播磨の豪族・小寺政職が用いていた「小寺藤巴」は、藤の花の房や葉の輪郭が比較的整然とした伝統的な様式でした。官兵衛が定めた「黒田藤巴」は、花房の先端が巴状に力強くうねるような躍動感を持ち、中央の花弁の描き込みなど細部に独自の意匠変更が加えられています。
Q2:黒餅紋の読み方は「くろもち」「こくへい」のどちらが正しいですか?
A2:歴史学や家紋研究の世界では「こくへい」と有職読みされるケースが多いですが、一般的には「くろもち」と読んでも間違いではありません。陣旗や指物(さしもの)として用いられた際は「黒餅の旗指物」として広く親しまれていました。
Q3:黒田家は藤巴や黒餅以外の家紋を使うことはありましたか?
A3:公式な場や下賜された格式として、豊臣秀吉から許された「太閤桐(五三桐紋)」を用いることもありました。しかし、黒田家にとって精神的ルーツを宿す固有の紋としては、終始「黒田藤巴」と「黒餅」が最重要視されていました。