今いくよ・くるよの死因と闘病真相|奇跡の絆と弟子たちの現在を総力取材
今注目を集めている 今いくよ・くるよの死因と闘病真相|奇跡の絆と弟子たちの現在を総力取材について、詳しいまとめを分かりやすく掲載しています。
二人の出会いは、京都明徳高等学校(旧・京都成安女子高等学校)のソフトボール部にさかのぼります。いくよさんはキャプテンで俊足の選手、くるよさんは主砲のキャッチャーとして汗を流し、高校時代から抜群のチームワークを誇っていました。
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卒業後、いくよさんは大手電機メーカーのOL、くるよさんは阪神百貨店のエレベーターガールやOLとして勤務していましたが、くるよさんが「漫才師になりたい」といくよさんを熱心に誘い、1970年に上方漫才の名門である島田洋之介・今喜多代師匠へ弟子入りを果たします。
当時の女性漫才といえば、夫婦漫才や音曲漫才が主流であり、同世代の女性コンビが本格的なしゃべくり漫才で勝負することは極めて異例の挑戦でした。下積み時代は厳しい稽古と劇場通いが続きましたが、1980年代初頭の「オレたちひょうきん族」や「MANZAIブーム」の波に乗り、一気に全国区の人気を獲得します。