仁義なき戦いの原点「美能組」の真実!美能幸三の手記と組織の現在
今注目を集めている 仁義なき戦いの原点「美能組」の真実!美能幸三の手記と組織の現在について、多角的な視点を整理して公開しています。
美能組の運命を狂わせた最大の要因は、本家である山村組・山村辰雄組長との埋めがたい亀裂でした。山村組長は狡猾な知略で他組織を操り、美能組を鉄砲玉として利用する一方で、美能の影響力が強まることを恐れて巧みに孤立化を図りました。
やがて抗争の舞台は呉市単体から広島市全体へと拡大。広島市内の有力組織(村上組、打越会など)の対立に神戸の山口組や本多会といった広域暴力団が介入し、代理戦争の様相を呈していきます。美能組も自民党政治家や財界人が調停に入った「大同一同」の流れの中で、合流組織である初代「共政会(きょうせいかい)」の結成(1964年)に組み込まれますが、内部の疑心暗鬼は収まりませんでした。