ドリフターズ初期メンバーの衝撃の真相|坂本九在籍と分裂劇を完全解説
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ザ・ドリフターズの源流は、1956年に結成されたカントリー&ウエスタン・バンド「サンズ・オブ・ドリフターズ」にあります。創設者はのちにマナセプロダクション幹部や東京第一プロダクションを設立する岸部清でした。米軍キャンプやジャズ喫茶での演奏を中心に活動を広げるなか、バンドはメンバーチェンジを繰り返しながら実力を蓄えていきます。
この黎明期において特筆すべき事実が、のちに『上を向いて歩こう』で世界的なスターとなる坂本九の在籍です。1958年、高校生だった坂本九はボーカルとして加入し、エルヴィス・プレスリーなどのロックンロールやロカビリーを甘い歌声で披露して頭角を現しました。しかし、坂本九の卓越したスター性は単なるバンドの一員にとどまらず、わずか数か月後には「ダニー飯田とパラダイス・キング」へと引き抜かれる形で移籍します。短期間ながら、昭和を代表する不世出のシンガーがドリフの看板を背負っていた時期があった事実は、グループが持つ音楽的素養の高さを如実に物語っています。
その後、バンドの主導権はギタリストの桜井輝夫へと移り、名義も「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」へと改称。この時代にコミック・リリーフとしての才能を開花させたのが、バンジョー奏者として加入した小野ヤスシでした。小野を中心に、ジャイアント吉田、飯塚文雄、猪熊虎五郎といった面々が集い、本格的な演奏の合間にギャグやパロディを挟み込む「音楽コミックバンド」としてのスタイルを確立していきます。
桜井輝夫はプレイヤーとしての限界を自覚し、バンドの演奏力を底上げするために新たな血を求めました。そこで1962年頃にスカウトされたのが、当時「ミッキー・カーチスとクレイジー・シェックス」などでベースを弾いていたいかりや長介(当時の芸名は碇矢長一)と、弱冠19歳で天才的なドラムテクニックを誇っていた加藤茶(本名・加藤英文)でした。