佐川一政事件の全貌|なぜ不起訴で帰国したのか?狂気と晩年の真実
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佐川一政の異常な執着とカニバリズムへの倒錯は、どのようにして形成されたのか。その背景には、幼少期の複雑な成育環境と、富裕層としての特権的な環境が絡み合っています。
佐川は1949年、神戸市で生まれました。極度の未熟児として誕生し、幼少期から病弱で小柄だった彼は、自らの身体に対して根深い劣等感を抱き続けていました。そのコンプレックスの反動として、「大きく、健康で美しい白人女性」に対する異常な羨望と支配欲を抱くようになり、やがて「その存在を体内へ取り込むことで一体化したい」というカニバリズム的妄想へと変貌していったと告白されています。実際、フランスへ渡航する前の日本国内でも、女性に対する住居侵入・暴行未遂事件を起こして精神科に通院していた過去がありました。
また、この事件を語る上で欠かせないのが、父親である佐川明の存在です。大手建設資材会社「栗本鐵工所」の社長を務めた大物財界人であった父・明は、巨額の資金を投入してフランスの著名な人権派弁護士を雇い、息子の減刑と早期送還のために奔走しました。当時、現地で最高峰とされた弁護団の費用や病院への莫大な支援は、佐川が極刑や長期拘禁を免れた決定的な要因のひとつであったと指摘されています。