平田信の現在と出所後の生活|17年逃亡と懲役9年判決の真相を追う
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裁判において平田信が問われたのは、教団が組織的に実行した以下の3つの重大事件への関与でした。
事件名・発生時期平田信の具体的な役割検察側の主張・求刑裁判所の認定・確定判決目黒公証役場事務長監禁致死事件
(1995年2月)假谷清志さん拉致現場での見張り役、逃走車両(ワゴン車)の運転。共謀共同正犯。
拉致の重大性を認識していた。逮捕監禁罪を認定。
致死の共謀は認めず(薬剤投与には関与せず)。宗形邸爆破事件
(1995年3月)教団を脱会した信者の実姉宅マンションに爆発物を設置・爆破。爆発物取締罰則違反。
殺意を伴う威嚇行動。共同正犯を認定。
住人に重傷を負わせた重大な責任。島田裕巳宅爆破事件
(1995年3月)宗教学者・島田裕巳氏宅マンションの玄関前に時限式爆弾を設置。教団批判の陽動作戦。
爆発物取締罰則違反。共同正犯を認定。
社会不安を煽る組織的犯行。総合量刑判断検察側求刑:懲役12年判決:懲役9年(確定)
主犯格ではないが従属的関与を超えた責任。
公判において最大の焦点となったのは、假谷清志さんの死亡に対する刑事責任でした。弁護側は「麻酔薬の投与など監禁後の致死行為には一切関与しておらず、拉致の目的も知らされていなかった」として監禁致死罪の不成立を主張。東京地裁は「平田が薬品投与による死亡の危険性まで予見していたとは認められない」として監禁罪にとどまると判断しました。
しかし、宗形邸爆破事件などで無関係な一般市民に重傷を負わせた結果の重大性と、17年にわたる逃亡で刑事司法を著しく遅延させた情状を重く見なし、最終的に懲役9年の厳刑が下されました。