丸に五三の桐の由来と格式を徹底解明!秀吉との関係や苗字の真相
丸に五三の桐の由来と格式を徹底解明!秀吉との関係や苗字の真相にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
「丸に五三の桐を使っている家系は、佐藤、鈴木、高橋、田中、渡辺といった日本の代表的苗字に極めて多い」という実態調査があります。ただし、これは特定の武士団が一族郎等で苗字と家紋をセットで継承したケースとは性質が異なります。
明治8年(1875年)の「平民苗字必称義務令」により、すべての国民が苗字を名乗ることになった際、同時に自家の家紋を登録・決定する必要が生じました。それまで家紋を持つことが許されなかった庶民層は、村の庄屋に相談したり、呉服屋や仏具屋が用意した「見本帳」から選んだりしました。その際、「お上(朝廷・政府)公認のめでたい紋」「秀吉にあやかる出世紋」として最も推奨されたのが丸に五三の桐だったのです。
そのため、「丸に五三の桐だから豊臣秀吉の直系子孫である」という言説は、歴史学的にはほぼ99%否定されます。豊臣宗家は大坂の陣で断絶しており、秀吉ゆかりの武将末裔である可能性はゼロではないものの、大半は明治期以降の「美意識と格式への憧れ」によって選択された由緒正しい庶民の歴史を反映しています。