新選組・芹沢鴨はなぜ殺されたのか?暗殺の真相と八木邸の惨劇
新選組・芹沢鴨はなぜ殺されたのか?暗殺の真相と八木邸の惨劇についての疑問解決ガイドを徹底解説します。
芹沢鴨の実像を知る上で最も貴重な一次情報源となっているのが、屯所となった八木家の次男で、暗殺当時に12歳だった八木為三郎の残した回想録(子母澤寛『新選組遺聞』収録)です。
為三郎の証言によれば、芹沢は酒が入っていない平素の時間は、周囲に対して極めて穏やかで面倒見の良い好漢でした。近所の子どもたちを集めては膝に乗せ、絵を描いてやったり、菓子を買い与えて微笑んでいたといいます。また、庭先で白い小犬を可愛がり、戯れる姿も目撃されています。
手記の中で為三郎は、暗殺当夜の生々しい光景についてこう語り遺しています。
「どすんどすんと凄い音がして、障子が破れ、血が飛び散った。芹沢先生は文机にけつまずいて倒れられ、そこを一気に斬られた。翌朝見ると、先生の首の皮一枚残して斬り落とされ、お梅さんも白無垢のような寝間着を真っ赤に染めて転がっていた。あの文机の傷は、いつまでも消えなかった」
為三郎が語る芹沢は、決して血に飢えた怪物ではありません。むしろ武士としての高い矜持と繊細さを持ち合わせながら、一度酒を口にすると自制心が崩壊し、狂暴な別人格が顔を覗かせるという、極端な二面性と内面的葛藤を抱えた悲劇の人物でした。