四天王寺庚申堂の全貌|こんにゃくの謎と日本最古の庚申信仰を徹底解剖
四天王寺庚申堂の全貌|こんにゃくの謎と日本最古の庚申信仰を徹底解剖の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。
四天王寺庚申堂の歴史は、飛鳥時代にまで遡ります。寺伝によると、聖徳太子が592年の庚申の年、庚申の日、庚申の刻に、天下泰平と万民救済を祈願していたところ、本尊である青面金剛童子(しょうめんこんごうどうじ)が虚空より現れました。太子はその尊像を自ら刻んで堂宇を建立したと伝えられており、これが「庚申信仰発祥の地」と呼ばれる所以です。
京都の八坂庚申堂、東京の浅草寺庚申堂(または入谷庚申堂)と並び、「日本三庚申」の筆頭格として全国にその名を轟かせてきました。幾度もの戦火や都市の変遷を乗り越え、現在の堂舎もまた厳かな佇まいで訪れる人々を温かく迎え入れています。
本尊の青面金剛童子は、あらゆる病魔や悪鬼を退散させる絶大な力を持つとされる秘仏です。普段は固く扉が閉ざされた厨子の中に安置されていますが、60日ごとに巡る「庚申の日」にのみ開帳され、直接その御威光に触れることができます。