なぜ川が流行の発信地に?旧渋谷川遊歩道路の歴史と暗渠の真実
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原宿・表参道エリアと渋谷駅周辺を結ぶ渋谷・原宿の遊歩道として多くの人が行き交うこの通りは、延長約1キロメートルに及ぶ遊歩道です。大通りである明治通りと並行するように曲線を描きながら伸びる独特の景観は、ここがかつて自然河川であった何よりの証拠です。
かつてこの地を流れていた水路は、新宿御苑周辺の湧水などを水源とする「渋谷川」の上流部にあたり、地元では古くから「穏田川(おんでんがわ)」と呼ばれていました。江戸時代には葛飾北斎が『富嶽三十六景 穏田の水車』に描いたように、水車が回るのどかな農村地帯の水源として親しまれていた歴史があります。
明治から昭和初期にかけて宅地化が進むにつれ、生活排水の流入によって水質が悪化。やがて都市改造の波に飲み込まれて蓋をされ、1977年に東京都と渋谷区によって「旧渋谷川遊歩道路」として歩行者空間へ再整備されました。水辺の記憶を舗装の下に閉じ込めた道は、のちに1990年代の「裏原宿ムーブメント」の震源地となり、世界中からクリエイターが集まる特別なストリートへと劇的な転換を遂げました。