韓国・全羅道はなぜ美食と激動の歴史を持つのか?噂の真相と魅力
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全羅道のアイデンティティを語る上で避けて通れないのが、激動の近現代史と民主化への貢献です。全羅南道の中核都市である光州(クァンジュ)は、韓国において「民主主義の聖地」と位置づけられています。
その契機となったのが、1980年5月に発生した5・18光州事件(光州民主化運動)です。朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺後に実権を握った全斗煥(チョン・ドゥファン)ら新軍部による戒厳令拡大に対し、光州の市民や学生たちが立ち上がりました。軍による容赦ない武力鎮圧により多くの尊い命が失われましたが、市民たちの不屈の抵抗は後の韓国民主化への決定的な原動力となりました。
こうした過酷な歴史を経験したことから、韓国湖南地域の政治的傾向は現在も進歩派(革新系)の強固な支持基盤となっています。「不正な権力には屈しない」という誇り高い気概は、光州をはじめとする全羅道の人々の胸に今も深く刻まれています。