宮島・弥山の霊火堂とは?1200年消えずの火と霊水の真実【2026】
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霊火堂の起源は、平安時代初期の大同元年(806年)に遡ります。唐から帰国した弘法大師・空海が、瀬戸内海の霊峰である弥山に登り、100日間に及ぶ「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」の過酷な修行を行いました。その修行の開始にあたり焚かれた護摩の火が、現在の「消えずの火」の原点です。
「なぜ1200年以上も火が消えずに残っているのか」という疑問に対し、宗教的奇跡という側面だけでなく、歴代の修験者や寺僧、宮島島民による献身的な維持管理の歴史が存在します。霊火堂は真言宗御室派の大本山・大聖院(だいしょういん)の境外仏堂にあたり、専任の山番や僧侶が昼夜を問わず交代制で薪をくべ続け、灰の温度を徹底管理してきました。
かつて山火事や堂宇の類焼といった危機に見舞われた際も、火種を壺や安全な場所に移し替えて守り抜いた記録が残っています。単なる自然現象ではなく、人々の祈りと不断の努力が1200年の連続性を紡ぎ出してきました。
この火の持つ「不滅の生命力」と「平和への希求」が評価され、1964年に建設された広島平和記念公園の「平和の灯」をはじめ、1994年のアジア競技大会広島大会の聖火台など、数多くの恒久平和の象徴へ種火として分火されています。