クールス喧嘩伝説の真相|舘ひろしと岩城滉一の確執と脱退劇の全貌
話題沸騰中の クールス喧嘩伝説の真相|舘ひろしと岩城滉一の確執と脱退劇の全貌について、詳しいまとめを整理して公開しています。
クールスの名を全国区へと押し上げた最大の転機が、矢沢永吉率いる伝説のロックバンド「キャロル(CAROL)」との邂逅でした。1975年4月13日、日比谷野外音楽堂で開催されたキャロルの解散コンサートにおいて、クールスは公式に親衛隊およびセキュリティ(警備)を担当。燃え盛るステージセットと興奮でパニック状態に陥った数千人の観客のなかで、黒革ジャンのクールスが身を挺してメンバーを警護した姿は、ロック史に残る語り草となっています。
このクールスキャロル親衛隊時代に関して、インターネットのQ&Aサイトや知恵袋などで長年ささやかれているのが、「クールス矢沢永吉関係において、矢沢がクールスの悪口を言ったために舘ひろしに一発で殴り倒された」という刺激的な都市伝説です。しかし、この噂を裏付ける客観的証拠は一切存在しません。
キャロルを40年以上にわたり取材してきた音楽ジャーナリストの証言や、矢沢・舘双方の自伝的記述を精査しても、暴力沙汰の記録は皆無です。むしろ、矢沢永吉はクールスの統率力とプロフェッショナルな警備姿勢に全幅の信頼を寄せており、解散コンサートの緊迫した現場においても、両者の間には研ぎ澄まされた信頼関係が築かれていました。熱狂的なファン同士の小競り合いをクールスが力強く制圧したエピソードが、歳月を経て「舘が矢沢を殴った」という歪んだ伝言ゲームへと変容したと断定できます。