なぜ片足で倒れない?山王神社の二の鳥居に隠された奇跡の真相を徹底解説

なぜ片足で倒れない?山王神社の二の鳥居に隠された奇跡の真相を徹底解説について押さえておきたい 事実を分かりやすい構成で解説いたします。

現在目にすることができる一本柱鳥居は、元から独立して建てられたものではありません。かつての山王神社(山王日吉神社)には、一の鳥居から四の鳥居まで合計4基の鳥居が参道に連なっていました。長崎原爆の投下によって、それぞれの鳥居が辿った運命は大きく異なります。

社殿に最も近い位置にあった「三の鳥居」と「四の鳥居」は、熱線と爆風の直撃を受けて完全に粉砕され、跡形もなく消滅しました。一方で、最も爆心地から遠い参道入り口にあった「一の鳥居」は、驚くべきことに原爆の爆風に耐え抜き、ほぼ無傷のまま立ち残っていました。しかし戦後の高度経済成長期を迎えた1962年(昭和37年)、参道を通行していた大型トラックが誤って衝突し、無残にも倒壊。石材の損傷が激しかったため再建は断念され、現在は台座部分などの一部が痕跡を留めるのみとなっています。

その結果、過酷な被爆の痕跡を直接留め、当時の破壊の凄まじさと再生の意志を可視化する遺構は、長崎原爆 被爆建造物 遺構として国指定史跡にも指定された「二の鳥居」ただ1基のみとなりました。二の鳥居の足元には、爆風で吹き飛ばされた左半分の柱や笠木の残骸が今も静かに安置されており、訪れる参拝者に当時の衝撃を無言で物語っています。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest