中曽根康弘の功績と噂の真相|戦後政治の総決算から合同葬の経緯まで
中曽根康弘の功績と噂の真相|戦後政治の総決算から合同葬の経緯までの全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。
外交面における中曽根の最大の功績は、アメリカのロナルド・レーガン大統領との間に築いた強固な個人的信頼関係、いわゆる「ロン・ヤス関係」です。ファーストネームで呼び合う首脳同士の蜜月関係は、東西冷戦下における日米同盟の結びつきを劇的に強化しました。
必読記事
1983年の訪米時には、日本列島をソ連の脅威に対抗する防壁に見立てた「不沈空母」発言(ワシントン・ポスト紙の報道)が国内外に大きな波紋を呼びました。しかし、1983年のウィリアムズバーグ・サミットでは、各国首脳が並ぶ記念撮影でレーガン大統領のすぐ隣、中央に位置取り、「西側の一員としての日本」の存在感を強烈に印象づけました。
発足当初の政権は、田中角栄元首相の強い後ろ盾を得ていたことから「田中曽根内閣」と批判され、内閣支持率は33%前後と低空飛行でスタートしました。しかし、徹底した行政改革とトップダウン型の鮮やかな首脳外交が評価され、世論の評判は急速に好転。1986年の衆参同日選挙(死んだふり解散)では、自民党単独で史上最多となる300議席(追加公認を含め304議席)を獲得し、支持率は50%を超える歴史的安定政権へと登りつめました。