山城新伍の死因と最期の真相|老人ホームでの闘病と家族絶縁の真実
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山城新伍さんといえば、1970年代から1990年代にかけて日本のエンターテインメント界を牽引したトップタレントでした。東映のニューフェイスとしてデビューし、時代劇『白馬童子』で全国的な人気を獲得。深作欣二監督の『仁義なき戦い』シリーズでは、冷徹さと人間臭さを併せ持つヤクザ役を怪演し、俳優としての確固たる地位を築きました。
その才能は映画界にとどまらず、バラエティ番組で爆発的な開花を見せます。深夜番組『独占!女の60分』では歯に衣着せぬ毒舌と女性出演者を巧みに操る司会進行で一世を風靡。「ちょっとエッチな言葉」をごまかすために発した「チョメチョメ」という造語は社会現象となり、流行語として定着しました。さらに『クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!』では、故・逸見政孝さんとの絶妙なコンビネーションで視聴率30%超えを連発。名実ともに「視聴率男」として君臨しました。
しかし、豪放磊落(ごうほうらいらく)な生活様式は確実に肉体を蝕んでいました。毎夜のように高級クラブで豪遊し、美食と酒に溺れる生活を続けた結果、体調は徐々に悪化。2000年代に入ると糖尿病の悪化による視力低下や歩行障害が顕著になり、番組の降板が相次ぎました。やがて物忘れなどの認知症状が出始め、2005年頃には事実上の芸能界引退へと追い込まれることになりました。