昔のドラえもんはなぜ違う?幻の日テレ版と大山時代の謎を徹底解明
昔のドラえもんはなぜ違う?幻の日テレ版と大山時代の謎を徹底解明の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。
テレビ朝日で大山のぶ代版がスタートした1979年より前、実は1973年4月から9月にかけて、日本テレビ系列で全26回(52話)にわたって放送されたドラえもんが存在しました。これがファンの間で長年語り継がれる日テレ版ドラえもん 幻の第1作です。
この作品における最大の特徴は、キャスティングの変遷と大胆な設定改変でした。初代ドラえもん 声優 富田耕生が演じた最初期のドラえもんは、下町のおじさんを思わせる豪快でガラガラ声のキャラクターであり、世話焼きで口うるさいオヤジのようなポジションでした。しかし、番組後半(第14回以降)からは声優が野沢雅子へと交代し、より身軽で子どもに近いキャラクターへと方向転換が図られます。
にもかかわらず、日テレ版はなぜ歴史の表舞台から姿を消し、公式の年表でもほとんど触れられない「封印作品」となってしまったのでしょうか。ネット上では「原作者が激怒したから」という極端な説が散見されますが、実際の取材記録や元スタッフの証言によると、真相はもっと生々しい業界の構造問題にありました。
制作を担当したアニメーション制作会社「日本テレビ動画」が、放映終了直前の1973年9月に突如解散。社長が失踪し、スタジオが事実上の倒産状態に陥ったことで、マスターテープやネガフィルムなどの制作原版が散逸・管理不能になったことが決定打でした。さらに後年、テレビ朝日系列で藤子不二雄作品の大型プロジェクトが再始動する際、権利関係の整理とブランドイメージの統一が図られた結果、日テレ版の再放送やソフト化は見送られる形となりました。原作者である藤子・F・不二雄自身が、自身のイメージする世界観と日テレ版のドタバタ喜劇的な脚色との間に距離を感じていたことも手伝い、結果として半世紀以上にわたり再公開されない「幻の作品」となったのです。