冷やしあめとは?関西の伝統飲料の歴史・あめ湯との違いと関東での買い方

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冷やしあめのルーツは極めて古く、原型となる麦芽水飴(あめ)の歴史は日本書紀の時代にまで遡ります。平安時代や江戸時代には、水飴をお湯に溶かした「あめ湯」が庶民の貴重なエネルギー源として親しまれていました。

江戸後期から明治にかけて、商人の街として栄えた大阪や、寺社仏閣が多く参拝客で賑わう京都において、あめ湯を売り歩く「飴湯売り」が定着します。大正から昭和初期にかけて冷蔵設備が整い始めると、大阪の露店や商店街で冷やした飴湯が飛ぶように売れ、「冷やしあめ」という呼称が一気に定着しました。

では、なぜ関東には広まらなかったのでしょうか。その背景には、東西の食文化と甘味源の違いがあります。江戸(東京)を中心とする関東では、江戸時代中期以降、安価で大量に流通した精製白砂糖を用いた甘味が主流となりました。一方で、上方(関西)では古くからの伝統的な麦芽水飴や和三盆など、素材の風味を活かした甘味文化が根強く残りました。この地域的な味覚の嗜好の違いが、現在に至る東西の流通格差につながっています。

前田 葵

前田 葵

サステナビリティ研究家

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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