ドリフで今生きてる人は2人だけ!加藤茶と高木ブーの衝撃の現在
ドリフで今生きてる人は2人だけ!加藤茶と高木ブーの衝撃の現在の注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。
半世紀以上に及ぶ活動の中で、メンバーの別れは幾度となく訪れました。ドリフターズの歴史を振り返る上で避けて通れない、歴代メンバーの旅立ちの経緯を時系列順に紐解きます。
1. 荒井注さん(2000年2月9日没/享年71)
「This is a pen!」「何だバカヤロウ」のギャグで絶大な人気を誇った荒井注さんは、1974年に「体力の限界」を理由にグループを脱退しました。生前のインタビューや関係者の証言によると、多忙を極めるスケジュールに加え、リーダー・いかりや長介さんとの笑いの方向性の違いや、「自分はコメディアンではなく本来はミュージシャン」という強い自意識の葛藤があったとされています。脱退後は俳優として独自のポジションを築きましたが、2000年に静岡県伊東市の自宅で入浴中に倒れ、急性心不全により71歳で急逝しました。
2. いかりや長介さん(2004年3月20日没/享年72)
グループの絶対的リーダーであり、厳格な統率力で全員集合を牽引したいかりや長介さん。晩年は重厚な演技派俳優として日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するなど活躍の場を広げていましたが、2003年に頸部リンパ節がんを公表。懸命な闘病生活を続けたものの、翌2004年3月、原発不明の頸部リンパ節がんのため72歳でこの世を去りました。葬儀で加藤茶さんが読み上げた「長さん、あなたがいたから僕たちがいた」という涙の弔辞は、今も多くの人々の記憶に刻まれています。
3. 志村けんさん(2020年3月29日没/享年70)
荒井注さんの脱退に伴い、付き人から正式メンバーへ昇格した志村けんさん。「東村山音頭」「バカ殿様」「変なおじさん」など昭和・平成のお笑い界を牽引し続けた稀代の喜劇王の最期は、あまりにも唐突でした。世界中を恐怖に陥れた新型コロナウイルス感染症の初期蔓延時、発症からわずか数日で重症化し、肺炎のため70歳で逝去。面会すら叶わないまま荼毘に付された悲劇は、日本全体に深い喪失感と感染症への警戒意識を突きつけました。
4. 仲本工事さん(2022年10月19日没/享年81)
軽やかな体操コントやメガネ姿のキャラクター、卓越したギターテクニックで親しまれた仲本工事さんは、2022年10月18日午前、横浜市西区浅間町の信号機のない交差点を横断中に車にはねられる交通事故に遭遇。頭部を強く打って急性硬膜下血腫を発症し、緊急手術を受けたものの、翌19日夜に息を引き取りました。志村さんの死を乗り越え、残されたメンバーで前を向こうとしていた矢先の悲劇は、ファンに大きな衝撃を与えました。