有藤通世の現在と球史の真実!2000安打の軌跡と10.19の猛抗議
話題沸騰中の 有藤通世の現在と球史の真実!2000安打の軌跡と10.19の猛抗議について、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。
有藤通世氏の経歴 プロフィールを紐解くと、学生時代から卓越した勝負強さとリーダーシップを発揮していたことが分かります。高知県高知市に生まれた有藤氏は、名門・高知高校時代に三塁手として甲子園に出場し、1964年春の第36回選抜高等学校野球大会で見事に全国制覇を成し遂げました。
高校卒業後は近畿大学へ進学。関西六大学リーグでは中心打者として君臨し、ベストナインを4回獲得するなどアマチュア球界屈指の大型内野手としてその名を全国に轟かせました。1968年のドラフト会議において、東京オリオンズ(後のロッテオリオンズ)から1位指名を受け、プロの門を叩くことになります。
入団1年目の1969年から即戦力として定位置を掴み、打率.285、21本塁打の好成績を残してパ・リーグ新人王を獲得。その後も攻守の要としてチームを牽引し、1970年および1974年のパ・リーグ優勝、日本一の立役者となりました。引退まで一度も他球団のユニフォームを着ることなく、フランチャイズプレイヤーとしてロッテを支え続けた姿から、ファンは親愛を込めて彼を「ミスターロッテ」と呼びました。