元Da Pump歴代脱退メンバーの現在と真相|初期4人の軌跡

元Da Pump歴代脱退メンバーの現在と真相|初期4人の軌跡の注目ポイントを詳しく解説してご紹介します。

DA PUMPの黄金期を築き上げたのは、沖縄アクターズスクール出身の精鋭であるISSA、SHINOBU、YUKINARI、KENの4人でした。圧倒的な歌唱力と世界レベルのストリートダンスを融合させたスタイルは社会現象を巻き起こしましたが、2000年代中盤から相次いで脱退劇が幕を開けます。なぜ彼らは頂点を極めたグループを離れる決断を下したのでしょうか。

最初にグループを離脱したのがSHINOBU(宮良忍)でした。2005年2月に発生した道路交通法違反(酒気帯び運転)による謹慎処分を経て、2006年4月に正式脱退を発表。復帰に向けた模索が続く中で、自らの過ちに対する猛省と「自身が目指す音楽性や表現活動の方向性とのズレ」を強く自覚したことが決定打となりました。関係者の証言によると、都会の喧騒と芸能界の重圧から距離を置き、自身のルーツである沖縄の自然の中で生き直したいという強い意志が芽生えた時期でもありました。

続いて2008年12月にグループを去ったのがYUKINARI(玉城幸也)です。脱退理由として公式には「音楽的嗜好の違いと新たなプロデュース業への挑戦」が挙げられましたが、当時は私生活における環境変化や家庭問題の報道も重なり、パフォーマーとしてのコンディション維持に苦慮していた側面も指摘されています。本人が後のテレビ番組で述懐したところによれば、「DA PUMPとしての激しいダンスパフォーマンスを限界まで追求し続けるプレッシャーと、自分のやりたい音楽との間で引き裂かれていた」と語られています。

そして2009年12月、初期メンバーとしてISSAの隣を最後まで守り続けたKEN(奥本健)が脱退を選択します。この時期、DA PUMPは新メンバー7名を迎えた9人体制への劇的な舵切りを断行していました。グループの大型化とダンススタイルの変革が進む中、長年グループのコレオグラフィー(振付)を主導してきたKENと、グループ全体のプロデュース方針との間に埋めがたい音楽的・戦術的ギャップが生じたことが最大の要因でした。妥協を許さないダンサーとしてのプロ意識ゆえの発展的別離であったといえます。

なお、後年加入組として絶大な人気を誇りながら2021年4月末にグループを卒業したDAICHI(加藤大地)の離脱理由は、長年抱えていた「持病の重度椎間板ヘルニア」の悪化でした。ファンを魅了し続けるアクロバティックなダンスを維持することが肉体的に困難となり、グループの足を引っ張りたくないという強い責任感から下された苦渋の決断でした。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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