永六輔の死因と壮絶な闘病記!マイクに捧げた最期の肉声と真実
永六輔の死因と壮絶な闘病記!マイクに捧げた最期の肉声と真実の見逃せないポイントをわかりやすく整理しました。
病に侵されてもなお、彼を支え続けたのはラジオへの狂気的なまでの情熱だった。1967年にスタートしたTBSラジオの名物番組『誰かとどこかで』は、遠藤泰子さんとの名コンビで46年もの間リスナーに寄り添い続けた。2013年に番組が幕を下ろした後も、自身の冠番組『六輔七転八起』などでマイクの前に座り続けた。
滑舌が覚束なくなると、「聞き苦しくて申し訳ない」とリスナーに詫びつつも、「これが今の僕の声です」と現実を包み隠さず電波に乗せた。車椅子生活になってもスタジオに通い、体調がすぐれなければ自宅から生中継を結ぶ。病気すらも生き様として共有する姿勢は、放送界における唯一無二のドキュメンタリーとなった。