アサヒビール大山崎山荘美術館の全貌|モネ睡蓮と安藤忠雄建築を巡る
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アサヒビール大山崎山荘美術館の物語は、証券取引の舞台で若くして財を成した実業家、加賀正太郎(1888–1954)の美意識から始まります。欧州留学中に英国のチューダー様式建築に深く魅せられた加賀は、京都・天王山の南斜面に理想の山荘を築くことを決意。自ら設計・デザインを指揮し、大工道具の特注から建材の選定に至るまで一切の妥協を許さず、1932(昭和7)年に重厚な「大山崎山荘」を完成させました。
しかし、加賀の没後は主を失い、時代の荒波の中で荒廃が進んで一時はマンション開発による解体の危機に瀕します。この危機を救ったのが、加賀と生前親交が深かったアサヒビール初代社長・山本爲三郎の遺志を継ぐアサヒビール(現・アサヒグループホールディングス)と、京都府・大山崎町による保存運動でした。企業と行政、住民が手を取り合って往時の姿を忠実に修復し、1996年4月に「アサヒビール大山崎山荘美術館」として一般公開を迎えました。失われかけた文化遺産が、いまや文化発信の拠点として後世へ継承されています。