どら焼きの「どら」は一体何?銅鑼と弁慶伝説の真相から歴史を解剖
どら焼きの「どら」は一体何?銅鑼と弁慶伝説の真相から歴史を解剖に関する疑問や疑問点を徹底的にまとめました。詳細を読もうことができます。
現在私たちが当たり前のように口にしている「2枚の丸い生地で餡を挟むスタイル」は、実は最初からの形ではありません。どら焼きの歴史は江戸時代初期から中期にまで遡りますが、当時の姿は今とはまったく異なるものでした。
江戸時代のどら焼きは、薄く焼いた1枚の生地の中央に餡を置き、四角く折りたたむ「きんつば」に近い形状が主流でした。生地自体も小麦粉を水で溶いて焼いただけの素朴なもので、現在のようなふっくらした甘みのあるスポンジ状ではありませんでした。
この形状に大革命を起こしたのが、大正3年(1914年)創業の東京・上野の名店「うさぎや」です。創業者がホットケーキやカステラから着想を得て、卵や砂糖、蜂蜜を贅沢に練り込んだカステラ風生地を開発。これを丸く2枚焼き上げて餡を挟み込む現在の「どら焼き」の原型を世に送り出しました。この洋風の口当たりを取り入れたモダンな和菓子は東京中で大ヒットを記録し、全国へと普及していったのです。