ジャガイモ原産地の真相!南米アンデス起源から日本伝来の謎に迫る
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江戸時代に救荒作物(飢饉の際の命綱)として甲州(山梨県)や東北地方へ広まったジャガイモですが、現在私たちが口にしている品種群が確立されたのは明治後期のことです。その中心にいたのが、男爵いも品種の歴史の祖として知られる川田龍吉(かわだ りょうきち)男爵でした。
土佐藩出身の官僚・実業家であった川田龍吉男爵は、イギリス留学を経て横浜船渠の専務取締役などを歴任した後、1908年(明治41年)、北海道函館近郊の七飯村(現・七飯町)に広大な農場を開設しました。当時の北海道農業は冷害と火山灰土壌に苦しんでおり、既存の作物では安定した収量を確保することが困難を極めていました。
そこで川田男爵は、自費を投じてアメリカの種苗会社から複数の最新ジャガイモ品種を取り寄せ、現地適応試験を実施。その中で抜群の耐寒性と豊産性、そしてホクホクとした優れた食味を示したのが、北米原産の「アイリッシュ・コブラー(Irish Cobbler)」でした。
川田男爵はこの優良品種を自らの農場で増殖させただけでなく、周辺の農民たちに無償で種芋を配渡し、北海道全域への普及に尽力しました。地域の農民たちは感謝と敬意を込め、この芋を「男爵様の芋」「男爵いも」と呼ぶようになり、1928年(昭和3年)には日本の優良品種として正式に登録されました。今日に至るまで100年以上も愛され続けるロングセラー品種は、一人の先覚者の情熱によって誕生したのです。