応仁の乱とは何か?11年続いた泥沼の真相と誰も勝てなかった衝撃の結末
応仁の乱とは何か?11年続いた泥沼の真相と誰も勝てなかった衝撃の結末について見逃せない 注意点を厳選して解説いたします。
応仁の乱を語る際、「日野富子が我が子可愛さに乱を引き起こし、米の買い占めや高利貸しで私腹を肥やした日本三大悪女」というイメージが定着しています。しかし、近年の歴史研究や史料の再検証では、この通説に大きな見直しが進んでいます。
富子が息子の義尚を溺愛し将軍就任を望んだのは事実ですが、これは当時の武家社会における正室として当然の振る舞いでした。むしろ、乱の長期化によって幕府の財政が完全に破綻する中、富子は「幕府財政の自主再建と自衛のための資金調達」を行っていた側面が強いと評価されています。
また、東西両軍の有力武将に多額の金を貸し付け、経済的利害関係を結ぶことで早期講和の橋渡し役を担ったのも富子でした。感情論で天下を乱した首謀者というよりは、政治的リーダーシップを放棄した夫・義政に代わり、冷徹なプラグマティズムで幕府財政と家の存続を維持しようとした現実主義者というのが、現代の学説における実像です。