森鴎外『舞姫』の結末と真相|豊太郎はなぜクズと呼ばれエリスは狂ったのか
森鴎外『舞姫』の結末と真相|豊太郎はなぜクズと呼ばれエリスは狂ったのかを徹底追究! 読者が気になる 重要ポイントを凝縮して配信します。
現代の読者が『舞姫』を読んだ際、ほぼ例外なく噴出するのが「太田豊太郎は文学史上最悪のクズ男ではないか」という激しい怒りです。大手ネット掲示板やSNS、知恵袋の文学トピックを覗けば、「責任転嫁の極致」「外面ばかり気にするマザコンエリート」といった辛辣な言葉が並びます。読者が豊太郎にここまで嫌悪感を抱く理由は、主に以下の3点に集約されます。
第一に、「最重要局面における完全な受動性と優柔不断」です。豊太郎はエリスに愛を誓い、子供まで作っておきながら、天方伯爵からの出世の誘いを前にして「エリスを捨てて帰国する」という決断を自分自身の言葉で伝えられませんでした。ロシア随行の帰途、相沢に背中を押されるまま帰国を承諾し、その重圧に耐えかねて街を徘徊した末に発熱して昏倒。結果として、最悪の形で外部(相沢)から真実がエリスの耳に入ることになりました。重大な局面から病気によって「無意識に逃亡」した彼の弱さは、大人の男としてあまりに無責任と断ぜざるを得ません。
第二に、「妊娠中の女性を異国に置き去りにした非道さ」です。19世紀末のヨーロッパにおいて、貧困階層の未婚の母が私生児を抱えて生きていくことがどれほど絶望的であったかは想像に難くありません。ましてエリスは精神を病んでしまっています。いくら当座の手切れ金(エリスの母の生活費を含む)を残したとはいえ、自らのキャリア復活と引き換えに、心神喪失となった恋人を切り捨てて祖国へ船出した事実は、弁解の余地がない人道的不義理と映ります。
そして第三に、読者の怒りを決定づけているのが、「ラスト一行に見られる親友・相沢への責任転嫁」です。「相沢のような良友は滅多にいない」と持ち上げながら、結びで「彼を憎む心が今なお残っている」と吐露する姿勢。自分自身が出世を選んで帰国の誓約書にサインしたにもかかわらず、その原因を「自分をそそのかした相沢」のせいにすり替えて自己保身を図る欺瞞性こそが、太田豊太郎という男が「真のクズ」と呼ばれる最大の要因です。
相沢謙吉の役割と考察|冷酷な破壊者か、無二の親友か
では、豊太郎に憎悪を向けられた相沢謙吉は、単なる冷血漢だったのでしょうか。当時の明治国家における「国費留学生」の位置づけを鑑みれば、相沢の行動は当時のエリート規範において「完全なる正義」でした。当時の留学生には、莫大な国家予算と国民の税金が投じられており、彼らは「近代日本の屋台骨を背負うエリート官僚」としての公的使命を帯びていました。異国の身分の低い踊り子に溺れて現地で野垂れ死ぬなど、相沢から見れば「国家に対する重大な背信行為」であり、「親友の人生の完全な破滅」に他ならなかったのです。
相沢は私利私欲で豊太郎を陥れたのではなく、むしろ免官されて失脚した親友を救出するため、自らの人脈をフル活用して天方伯爵に引き合わせました。エリスに直接「豊太郎は帰国する」と冷徹に通告したのも、優柔不断な豊太郎が永遠に泥沼から抜け出せないことを見越し、自分が悪役(外科手術の執刀医)を引き受けて腐れ縁を断ち切ろうとした結果と言えます。相沢の残酷さは、私情を一切排した「近代合理主義と官僚機構の論理そのもの」だったのです。