コール・ミー・メイビー大ヒットの真相|Mvの結末と歌姫の現在
話題沸騰中の コール・ミー・メイビー大ヒットの真相|Mvの結末と歌姫の現在について、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。
世界的な大動乱の幕開けは、2011年晩秋のカナダ・オンタリオ州にありました。故郷で休暇を過ごしていた当時絶頂期にあったスーパーアイドル、ジャスティン・ビーバーとセレーナ・ゴメスが、地元のカーラジオから流れてきた無名に近いシンガーの楽曲に耳を奪われます。それがカーリー・レイ・ジェプセンの歌う「Call Me Maybe」でした。
直後にジャスティンはTwitter(現X)で「今まで聴いた中で一番キャッチーな曲かもしれない」とポスト。さらに、当時所属していた敏腕マネージャーのスクーター・ブラウンに即座にカーリーとの契約を打診しました。そして決定打となったのが、ジャスティン、セレーナ、アシュレイ・ティスデイルら豪華セレブ仲間が集まって自宅で撮影したカジュアルな口パク(リップシンク)動画のYouTube投稿です。当時、編集プロダクション関係者の証言によると「プロダクションを通さない無邪気なセレブのオフショット動画は、従来のレコード会社が数千万円を投資したプロモーション映像の数百倍の速度で拡散した」と振り返られています。
この動画を起爆剤として、ハーバード大学の野球チーム、アメリカ五輪水泳代表チーム、ホワイトハウスのスタッフ、果ては海外駐留のアメリカ軍兵士たちに至るまで、世界中のコミュニティがパロディ動画をネット上に競い合うように投稿しました。TikTok以前の時代において、「ユーザー自身がコンテンツを真似て主役に躍り出る」参加型のバイラル・ムーブメントを世界規模で定着させたことこそが、「Call Me Maybe」が大ヒットした最大の構造的要因と言えます。