高見山親方の現在と曙の絆|80代を迎えた角界レジェンドの真実

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1984年の現役引退後、高見山は年寄「東関」を襲名し、高砂部屋から独立して1986年に東関部屋を創設しました。外国出身力士が師匠となって相撲部屋を立ち上げるのも史上初の快挙であり、墨田区東駒形に構えた部屋の歴史はまさに挑戦の連続でした。

東関親方の弟子一覧の中でも、角界の歴史に名を残した代表的な弟子は以下の力士たちです。

  • 曙太郎(第64代横綱):ハワイ出身。外国人初の横綱に昇進し、若貴ブーム全盛期の角界で頂点を極めた。
  • 高見盛精彦(元小結・現八角部屋の振分親方):気合いを入れる独特のルーティンから「ロボコップ」の愛称で絶大な国民的人気を誇った。
  • 潮丸元康(元前頭10枚目・13代東関親方):引退後に部屋を継承したが、2019年に41歳の若さで早世した。

特に高見山親方と曙の絆は、単なる師弟関係を遥かに超えた「魂の結びつき」でした。1988年、マウイ島からやってきたチャド・ローウェン(後の曙)は、ホームシックと厳しい稽古で幾度となく脱走を試みました。そのたびに親方は成田空港まで自ら車を走らせて連れ戻し、「俺もお前と同じように泣いた。だが、逃げたら何も残らない」と涙ながらに説得したと、当時の手記に記されています。

東関親方は曙の怪我の治療費を自費で工面し、礼儀作法から日本の歴史まで徹底的に叩き込みました。1993年1月場所後、曙が外国人初の横綱昇進を決めた伝達式で、親方が人目を憚らず号泣した姿は、昭和から平成へと続く相撲史屈指の名場面として語り継がれています。

また、不器用ながらも土俵上で闘志をむき出しにして戦った高見盛に対しても、東関親方は独自の包容力で接しました。過度のプレッシャーから精神的に追い詰められがちだった高見盛の個性を否定せず、温かく見守り続けた育成手法は、現代の指導者からも高く評価されています。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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