仙台城跡の伊達政宗像は今どうなった?地震修復の真相と両目の謎
仙台城跡の伊達政宗像は今どうなった?地震修復の真相と両目の謎についての最新情報を徹底解説します。
仙台城跡の伊達政宗像は今どうなった?地震修復の真相と両目の謎の背景について、最新情報を詳しくお届けします。
仙台に存在する伊達政宗像は、青葉城跡の現在の騎馬像だけではありません。戦前の金属供出による激動の歴史を辿った初代像や、多くの宮城県民・旅行者の待ち合わせ場所として親しまれた駅構内の像など、複数の系譜が存在します。それぞれの背景と数値を下表に整理しました。
像の名称・設置場所建立年・寸法・特徴データ歴史的背景・経緯編集部の見解・鑑賞ポイント仙台城跡 伊達政宗騎馬像(現存・二代目)1964年再建/ブロンズ製
高さ約4.3m(台座含め約9m)
重量約3.5トン小室達の石膏原型を元に柴田仏心堂が鋳造。2026年地震で約16度傾斜するも2026年3月に完全修復。名実ともに杜の都の最高峰シンボル。馬の力動感と政宗公の凛とした視線が完璧なバランスを保つ。初代 伊達政宗像(歴史的遺構)1935年建立/ブロンズ製
政宗公没後300年記念事業
小室達 制作1944年、太平洋戦争の金属類回収令により供出され解体。戦後に胸像部分のみが奇跡的に発見された。残された初代の胸像は仙台市博物館の庭園や大崎市岩出山に鎮座。戦争の悲劇を物語る貴重な遺産。旧・JR仙台駅構内 伊達政宗像1982年設置(東北新幹線開業記念)
FRP(繊維強化プラスチック)製
高さ約3.1mステンドグラス前の象徴的待ち合わせ場所だったが、2008年デスティネーションキャンペーン時に移設。現在はJR有備館駅(大崎市)に移設され現存。「駅の政宗像がない」と戸惑うリピーターも多い。
初代 伊達政宗像の歴史を紐解くと、昭和初期の軍靴の響きとともに一度は姿を消した苦難の過去が浮き彫りになります。1935年に建立された初代像は、戦況悪化に伴い1944年に供出され、溶鉱炉で溶かされる運命にありました。しかし、戦後になって東京都内の金属集積所で上半身の胸像部分だけが無傷で見つかるという奇跡が起きたのです。現在、その初代胸像は仙台市博物館の敷地内などにひっそりと保存されており、本丸跡の騎馬像と見比べることで、彫刻表現の歴史的変遷を肌で感じ取ることができます。